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なんだかんだで歴史のレポートが終わりましたです。

とりあえず、レポート完成しました。
夏休み前に出さなければならない宿題なのですが、
早めにやるにこしたことはありませんからね。


総文字数は2000字ちょい。寮生の中で一番最初にできたと思われます。
だって、提出期限までに後二週間ぐらいありますからね。

これだけ早く終わせる人は、馬鹿と馬鹿馬鹿のうちのどれかのような人ですから。
そうそうやる人なんていませんよwww





(-∀-;)←自分で言っておいて軽く傷ついた





(・∀・♪)←でも実際に馬鹿だしいいやと開き直る







(;∀;*)←・・・わけがなく、自分が言ったことに落ち込み中


今回の宿題は、「パソコンOK」だったので、それに甘えてワードで作成してきました。
どうせなので、ここで公開してみたいと思います。

どうでもいい人は堅実にスルーしてください(-∀-)

続きからどうぞ~。
「歴史レポート:今村啓爾『縄文の豊かさと限界』山川出版社、2008年」
本書は、土器や住居址などから縄文文化の誕生とその繁栄、生活と社会の流れ、縄文生活の限界について述べた本である。著者は縄文時代と考古学を専門とし、縄文土器をできるだけ精密に見ることによって人々の生活や行動を読み取ることを目標にしている。
本書の構成は以下の通りである。
1 縄文文化の誕生
2 縄文生活の確立と繁栄
3 縄文の生活と社会
4 縄文的生活の行き詰まりと農村への模索

 第一章では土器出現の状況や漁労による定住化傾向による縄文文化の誕生について述べている。土器の出現期は大きくいくつかの流れに分かれる石器群があって、まれに少々の土器をともないながら複雑に交錯した。なぜその土器が生み出されたかというと、定住化が進んでいるからである。河川に近接したと推定される東京都あきる野市前田高地遺跡が証拠で、大量のサケの骨と住居址、ごく少量の土器片が見つかった。「ここで土器が開発されたと考えるものではないが、『サケ漁と移住性の高まりと土器の使用』が共存しやすい現象であることを実証する証拠である。」と著者は述べている。
 第二章では南九州における定住のはじまりと繁栄の広がりについて述べている。生活の形において、竪穴住居、定住性、土器の使用、植物質食料の重要性といった縄文文化らしい文化は、土器の出現後少し経過してから一万二千年前ごろに南九州で成立した。しかしそのような文化はまだ南九州に限られていたらしく、北に行けば行くほど遺跡には土器が見られなくなり、狩猟道具が中心になっている状況である。これについて著者は、「地理的位置のゆえに早く温暖な気候と温帯森林の広がりを迎えた南九州が、日本列島の他の地域に先駆けて縄文的生活形態を獲得したのであり、縄文文化の本質を考える上で重要な点である。」と述べている。また、「土器出現期に南下した文化が温暖な環境に遭遇したとき縄文的生活形態が形成されたとみるべきである」とも指摘している。
縄文的生活形態は、温暖化が北上していくにつれて北に広がっていて、最終的には日本全国に広がることになる。そして、さらなる温暖化により縄文文化は繁栄することになる。その理由として、著者は以下の意見を述べている。第一に温暖化による海面の上昇によって複雑な海と陸の交じり合う海岸線が生まれ、それが縄文人にとって格好の漁労と貝の採取場となったこと。第二に木の実の収穫が増え、地下貯蔵庫に食料を食べ始めたこと。第三に人間が自然を利用して自然の植林を変化させ、有能な木の実を増やし始めたこと。第四に大きな貝だけを採ったり、掘り取った芋の頭の部分を穴に埋め戻したりするところから見て、自然に対する十分な理解と資源を保護する思想が住民全体に共有されているということ。第五にイノシシの子供などを一時的に飼育するようになったこと。それに付け加え、「縄文の人々は自然の資源をきめこまかく利用する技術を身につけていっただけでなく、自然の資源を保護し、できればそれを増大させていく知恵を発展させた。」と著者は述べている。しかし、そのような適応の成功と繁栄にも限界が訪れることも著者はほのめかせている。
 第三章では縄文人の生活と社会について述べている。具体的には、食料と衣服や住宅、縄文人の知恵や縄文時代の社会についてである。最初に、縄文時代は一万年以上も続いたものなので生活や社会のどのような面をとりあげても、その仲での変異の幅は大きく、ひとことで「縄文時代には」という一括した言い方ができないことを著者は述べている。そこで「以下の記述では縄文時代の最も発展した地域の中期から後期をイメージの中心に置きながら、必要に応じて他の地域、時期に言及することにしたい。」との跡付けもある。縄文時代の食については、自然物の利用や食糧生産など多彩になったものの基本は自然が生み出すものの獲得であること。縄文時代の社会についてはお互いの存在を認め、接触や交流を尊ぶ社会の中で、時代が進むほど少数の人が宗教的権威と指導力を強め、集団の規律が強化され、個人の自由が制限されていったことについてまとめている。
 第四章では縄文の不安定さや弥生文化の開始について述べている。縄文時代はよいイメージしか持っていない人も多いが、「新聞やテレビがよい場面を協調するあまり、『縄文文化は大自然の中で人々が自由と豊かな生活を謳歌した夢の時代』というイメージが広まっている。しかし、限られた技術で自然の生み出すものに依存した縄文文化がそのように豊かであるはずがない。」と著者が述べているように、食糧事情などの生活条件が変化すると人口が大幅に変化するのが現状である。それに付け加えて後晩期には、人口の上昇につれて食料が枯渇してきたこともあって人口が激減している。弥生時代の象徴とされている稲作はこのときに導入され、紀元前五百年から四百年頃に北九州に上陸した朝鮮からの農作文化の急激な影響により日本は弥生時代に移行している。
 最後にまとめると、本書はテレビやニュースになどにはない、縄文時代の正しい背景を書き出したものである。縄文時代のことについて知りたい人はもちろん、文化の歴史に詳しくなりたい人にはぜひ読んでもらいたい。今の文化の基本的な下地として縄文文化の広がりから見ていくのは大切な事だからである。



まあ、自分が作るものなんてこんなものよ(-∀-;)

ついでに、宿題の内容は「本の内容を要約してレポートにしろ」というやつです。
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とりとめのないこと

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